はじめまして!
新しく学生スタッフとなりました、りょうです。
初めましてなので、ここで自己紹介したいと思います。
◆自己紹介
名前はりょうです。東京都在住の25歳の男性です。
障害名は「全般性不安障害」と「広汎性発達障害」と診断を受けております。
簡単な経歴としまして、去年の3月に理系の大学院を卒業後、就労移行支援事業所に通い始め、現在は障害者雇用枠での就活を目指しております。趣味はアニメを見たり、音楽を聞いたり、ライブやフェスに行く事(特にももクロのライブ)が好きです!
GATE-Cには2024年2月くらいから本格的に参加し始めました。学生スタッフになった理由としましては、自分の今までの経験談が少しでも誰かのお役に立てればいいな、そんな思いがあり、やってみたいと思いました。
これからよろしくお願いします!
ー今回のテーマ
「わたしの障害受容までの道のり」について書いてみようと思います。
私は今でこそ、自分の障害に対しては比較的前向きに捉えられるようにはなってきたのですが、そこまで辿り着くまでは、本当に長い年月がかかったなと感じております。
そんな私の今までの変遷を書いていこうと思います。
◆発症〜メンタルクリニックへ受診するまで
自分の今の症状が発症したのは、5・6年前の2018年・2019年頃に遡ります。当時大学2年生の頃でした。
症状が出たきっかけは正直言うと今でも根本的なものはわからないのですが、ただ、当時は大学に行きながら、ファミレスのキッチンで調理のアルバイトをしていたり、当時参加していたダンスサークルが深夜練習をしていたりと、色々忙しい生活を行なっていました。
そんな時に、パニック発作が出始めました。一時的なものだろうと思っていましたが、発作の頻度も増え始めました。当時の自分にはまずその症状がなんで起きているのかもわからなかったですし、その状態すら受け入れる事ができませんでした。
この症状は一体なんなのだろう、よくわからかなった自分は病院で診てもらう事にしました。小さい頃から通っていた小児科の先生の所に最初に相談しに行きました。そこで言われたのが、自律神経の乱れや精神的なものが影響していると言われ、メンタルクリニックに行く事を勧められました。
ー受け入れられない事実を突きつけられました。
それはメンタルクリニックに行く事です。今でこそ、メンタルクリニックは普通の病院となんら変わらないと認識できましたが、当時は、
メンタルクリニックに行く人は本当に精神的に病んでいる人が行く所だ、まさか自分がそうであるはずがない
メンタルクリニックに行けば、精神薬など依存性のある薬を処方されるのではないか
恐怖で、絶対に行きたくないそんな思いでいっぱいでした。
そんな思いとは裏腹に症状は日に日にひどくなっていきました。
もうこれ以上は限界だなという所まできて、やっとクリニックを受診しました。
受診をしてから、色々検査をする中で、わかったのが、パニック障害であった事、そして、その原因は元々の脳の特性で、普通の人よりもストレスを過敏に感じやすくなっている、だからそれが起こったという事がわかりました。
そこからは、薬物療法とそこの病院の方針で、TMS(経頭蓋磁気刺激法)という磁気を脳に当てて、正常な状態に戻す治療法を受けました。
当初心配していた、依存性のある薬を出されるのではないかというのは正直言うと、予想は的中してしまいましが、できるだけ薬を使わない磁気治療もあるおかげで、最低限の薬(精神安定剤)だけでパニック発作は改善していきました。
これが、大学3年生の夏あたりの出来事だったと思います。
◆HSPという言葉に出会い、心が救われる
メンタルクリニックを受診して半年程立ってから、確かにパニック発作は改善していきました。でも症状が全て改善したかとそうではありませんでした。不安に対して過度に反応してしまう部分や音や周りの刺激に敏感に反応してしまう(感覚過敏)特性が残っていまいました。
先生にこの原因を何度か質問した事があったのですが、元々の脳の特性だからとしか言ってくれず、正式な診断名がわからずにいました。(正式な診断名がわかったのが、就労移行支援事業所を利用する際に診断書を書いてもらう時にわかったので、1年前にやっとわかったという感じです。)
自分としてはこの特性がなんなのか、わからない事に対するモヤモヤがすごくありました。そんな時に出会ったのがHSP(Highly Sensitive Person)という言葉です。
当時、テレビか何かのメディアでこの言葉を知りまして、調べたところ、「感受性が強く敏感な気質を持った人」という意味で、疲れやすい・過剰な刺激を受けやすい・深く情報を処理する・共感力があるなどの特徴があり、
ー『まさに自分の事じゃん』って思いました。
当初、自分がメンタル疾患になったのは、自分のメンタルが弱いからだと思っていました。親からも「気にしすぎだよ」とか「もっと強くならないと」と言われ、中々理解してもらえずにいたので、なおさら、こうなってしまったのは自分のせいだったんだと自己否定をしていました。
でも、このHSPという言葉に出会ってから、こんなに苦しかったのは元々の気質だったんだな、じゃあしょうがないなっていう感じで、心が救われた感じがしたんです。
HSPは心理学用語なので、障害の診断名とは違いますが、自分の症状を前向きに捉えられるきっかけになったのは間違いないなと感じています。
◆症状と付き合いながらも乗り切ることができた学生生活
パニック障害の症状がありましたが、自分の場合は休学とかせずに大学に通うことができました。確かに症状がひどい時は満員電車に乗ると発作が出てしまったり、授業中も途中で退席をするなどした時もあったのですが、薬を上手に飲んで症状をコントロールしたりして、対処することができました。
また、この当時は大学3年生くらいだったと思うのですが、幸い、大学1・2年生の時と比べて授業が少なかったこともあり、授業の単位も問題なく取る事ができました。
そして、そのまま大学4年生で卒業研究を行い無事大学を卒業し、大学院へと進学しました。大学4年生から修士2年までの研究活動はちょうどコロナ禍真っ只中であり、在宅でオンラインで研究活動がメインでした。
実はこれがとても自分には合っていたなと感じています。とても自分のペースでできましたし、そんなに電車に乗って学校に行く必要がなかったので、
ーメンタル疾患であった事をあまり気にしなくて済んだ期間でした。
そのおかげで、研究活動も無事行うことができ、修士論文書いたり、研究発表会を得て、大学院も卒業することができました。
※※※わたしの障害受容までの道のり(後編)はこちら※※※
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