「できるかではなく、どうしたらできるか」と題して、寝たきりでも世界を広げる思考と幸せに近づく暮らしの工夫について、お話しさせていただきます。
突然ですが、皆様に質問です。
今、やりたいことはありますか?
挑戦は、できていますか?
皆様はじめまして、天羽礼彩と申します。
私は視覚障害、聴覚障害、四肢体幹機能障害があり、また慢性疲労や全身痛、起立性頭痛、過敏症など様々な身体症状もあります。
毎日ほとんど横になった状態で生活しており、外出することも容易ではありません。
そんな私ですが、これまでに様々な形で社会と関わってきました。
たとえばnoteやライブ配信、SNSでの定期的な発信をしています。
またラジオに出演したり、人気ファッション誌のチームに加わり視覚障害者が雑誌編集に関わる前例を生み出したこともあります。
昨年は多様な企業様への提案や市政への提言を行い、当事者体験記も3記事書かせていただきました。
そして先日は、障害者とテクノロジーの活用について取材を受けました。
ではなぜ、重度重複障害者でほぼ寝たきりの私にこのようなことができるのか。
それは、特別な能力があるからではありません。
それは、何事においても「できるか、できないか」ではなく「どうしたらできるか」と考えているからです。
皆様がなにかに挑戦しようとするとき、つい「できるかどうか」で判断していないでしょうか?
障害があるから無理だろう。
自分にはできないだろう。
そう思った瞬間に、可能性は閉じてしまいます。
できない理由ばかりが見え、思考が止まってしまうからです。
ではもし、「どうしたらできるか」で考えるとどうなるでしょうか?
思考の方向が変わります。
やらない選択肢やできない理由が消え、できる方法を探すようになります。
人に相談するかもしれません。
道具を使うかもしれません。
少し形を変えて挑戦できるかもしれません。
ここでポイントとなることは、福祉用品や福祉サービスの中だけでできることや方法を探すのではなく、「本当はなにがしたいのか」「どうしたらできるのか」を先に考えるということです。
そうすれば、社会のどこかに役立つ道具が見つかるかもしれません。
もし役立つ道具が見つからなくても、3Dプリンターで作れるかもしれません。
ファイルや輪ゴムなど、身近なものを組み合わせて自助具を作ることもできます。
現代はテクノロジーの進歩によって、その可能性はさらに広がっています。
目が見えなくても、手足が動かなくても、スマートフォンやPC、その他様々な家電を操作することができます。
耳が聞こえなくても、字幕で映画を楽しんだり、振動や光で音楽を感じることができます。
言葉を理解するのが苦手でもAIが要約してくれますし、覚えられなくてもあらかじめ設定しておけばリマインドしてくれます。
皆様も、様々なテクノロジーを活用されていらっしゃるのではないでしょうか?
こうした経験の中で、私が強く感じていることがあります。
それは、「障害者の可能性は障害だけで決まるわけではない」ということです。
たとえ同じ障害や病気であっても、性格や経験、環境、得意なこと/苦手なことは人それぞれ違います。
できる方法も、それぞれに違います。
そのため、学校や会社で配慮を求めるときには病名や等級だけを伝えるのではなく、できることとできないこと、そしてどうすればできるのかを併せて伝えることで、理解されやすくなり、適切な配慮が得やすくなります。
また、どのようなかたにもそれぞれに事情があります。
自分は障害があるから、大変だから配慮してもらって当たり前ではなく、おたがいに思いやり助け合いながら、一緒に考える姿勢が大切です。
本日は当事者のかただけでなく、様々な立場のかたがいらっしゃることと思います。
そこで、皆様へのお願いです。
親御様は、先回りして代わりに伝えるのではなく、ご本人がご自身で伝える力を身に付けられるよう、見守りながら支えてあげてください。
教育・福祉・医療関係者の皆様、企業の皆様、その他周囲で当事者と関わっておられるすべての皆様は、「この障害だからできないだろう」あるいは「軽度だからできるはず、重度だから無理」と決めつけるのではなく、本人がなにを望んでいるのか、どうしたらできるのかに耳を傾けていただけたら嬉しいです。
医学的な見解だけではなく、本人の感じかたや想いにも目を向けていただけたらと思います。
障害者に限らず誰しも、環境が合えば力を発揮できますし、合わなければ難しいこともあります。
だからこそ私は、「できるか、できないか」ではなく「どうしたらできるか」という視点を大切にしています。
もし今「無理かもしれない」と思われていることがあるなら、ぜひ一度「どうしたらできるだろう?」と問い直してみてください。
その問いから、新たな可能性が生まれるかもしれません。
やりたいことに挑戦する方法が見つかるかもしれません。
自分にとっての幸せに近づく一歩になるかもしれません。
幸せの形は、人それぞれに違います。
なにを大切にしたいのか。
どのようなときに満たされるのか。
それがわかると、既に手にしているものや、必要なことが見えてきます。
幸せを考えるときにも、どうしたら近づけるかという視点が大切になるのではないでしょうか。
私の話が、「無理かもしれない」と思っていたことを「どうしたらできるだろう」と考えるきっかけになれば嬉しいです。
そしてその先の幸せに近づくヒントになれば、これ以上嬉しいことはありません。
この考えかたは個人の工夫にとどまらず、学校や職場など様々な場面や環境においても、前提の置きかたそのものを変える力があると思っています。
「できるか、できないか」ではなく「どうしたらできるか」
皆様のこれからに、この問いが寄り添うことを願っています。
