◆透明な朝が始まる――声なき日々のプロローグ
朝、目が覚める。
けれど、すぐには動けない。
まるで体のスイッチが壊れてしまったかのように、手も足も、うまく言うことをきかない。
顔の筋肉はしびれ、喉が詰まって声も出せない。
少し頭を持ち上げれば、まるで世界が揺れているかのようなめまいと耳鳴り、そしてひどい頭痛に襲われる。
横になっても全身が重く、痛みが消えることはない。――これが、私の日常。
私は、「障害者」ではない。
少なくとも、制度上は。
私の障害は、見てすぐにわかるものではない。
けれどたしかに、身体のあちこちに影響を及ぼし、生活を制限している。
それでも、障害者認定を受けることはできない。
制度の「枠」から外れてしまっているから。
障害があるのに、障害者ではない――そんな「宙ぶらりん」の場所に、私はいる。
はじめまして。
天羽礼彩(あもう・れあ)と申します。
私は、中枢神経系に起因する重度の重複障害者です。
視覚・聴覚・四肢や体幹の障害、慢性的な疲労や痛みなど多岐にわたる身体症状を抱えながらも、「障害者と認定されない障害者」として、制度の狭間で生きています。
今回私は、「身近に障害者がいらっしゃる皆様にお伝えしたいこと」をテーマに筆を執らせていただきました。
これは障害当事者として、そして社会に向けて発信をするひとりの人間としての、ささやかな願いです。
◆障害は突然に――家族の善意と伝わらない思い
私が障害者になったのは、ある日突然のことでした。
未知のウイルスに感染し、治療法がないまま自然治癒を待つ日々。
ウイルスは体内から消えましたが、脳に異変が起き、私は障害者となりました。
ほんの些細な動作だけで激しい疲労に襲われ、どれだけ休んでも回復しない。
あらゆる光がまぶしく、わずかな光でも眼痛や頭痛、悪心を引き起こし、目が開けられなくなる――。
それが、私の慢性疲労と視覚障害のはじまりでした。
大学在学中だった私はフル単位で履修していましたが、慢性疲労の影響で通学が困難になり、授業や登校頻度を毎週調整しながら過ごしました。
通学時には白杖を使い、スクリーンリーダーを使用してレジュメや資料を読み、レポートを書いていました。
やがて聴覚障害も加わり、声は聞こえても内容が理解できない、自動車にひかれそうになるなど、命がけの通学の日々。
それでも、私は障害者になったことを悲観していません。
「障害者であるかどうか」で、私という人間そのものが変わるわけではないからです。
便利な道具や支援、先輩方の工夫を知っていた私は、「できないこと」を「できること」へと変え、「障害者になったからこそ、できることをしよう」と、前向きに考えることができました。
けれど、周囲とのギャップは常に感じています。
母は私が視覚障害者になったことを受け入れられず、「見て」と言い続け、言葉で説明してほしいという私の訴えには応じてくれませんでした。
「障害者になった私は普通ではない」と決めつけ、低いヒールのパンプスさえも危険だと否定されました。
趣味の観劇も、「見えないのだからお金がもったいない」と言われました。
私にとって「普通」とは、誰かの固定的な基準ではなく、状況に応じて変化するもの。
「視覚障害者=危険」「安全のためにおしゃれは不要」「五感で楽しむものでも視覚が欠けたら楽しめるわけがない」という価値観の中で、私は私自身として見てもらえない悔しさと悲しさを味わいました。
また「触らないでほしい」と伝えても、日常的にボディタッチをされます。
私は24時間365日、全身の痛みとともに生きています。
突然、鋭い痛みに襲われることもあります。
「軽く触れただけ」「そっと手を置いただけ」――触れる側にとっては些細なことでも、私には数時間続く激痛の引き金になるのです。
それを理解してもらえないのは、とても痛く、辛いことです。
脚や体幹、腕や手にも障害が出てからは、医師には「杖で体を支えることができないため、歩行は危険」と言われました。
それでも無理に歩かせようとしたり、「治すこと」や「障害者認定を受けさせること」に執着するあまり、専門家でもない友人にお勧めの病院を訊いたり、複数の医師を渡り歩く「ドクターショッピング」が繰り返されました。
私を心配しての行動であるとわかっていても、今の私を否定しているようにも思えるし、それがどれほどの負担になるのかは、想像してもらえていないと感じます。
私の日常は、充電器のないスマホを10%の残量で使い続けているようなものです。
アプリをひとつ開くだけで、命がけでバッテリーが減っていく。
数メートル移動するだけで激しい運動後のように疲れてしまうので、「この動作をしたら他のことができなくなるかもしれない」と常に計算しながら動いています。
それくらいギリギリで動いていて、「できる」と「壊れる」の間が近いのです。
だから「動けるんだからやればいいじゃん」は、私には通用しません。
ほんのわずかな予定外の動作があるだけで、1日が丸ごと潰れてしまうので、あらかじめ1日単位や1週間単位で動ける時間と量からエネルギー配分を見積もり、スケジュールを立てています。
検査のために外出するだけでも、数日間は寝込むことになります。
「動ける日」があると、「健康そう」に見えるかもしれません。
でも、それは「治った日」ではないのです。
たくさん動ける日をあらかじめ決め、それ以外の日は極力動かない。
スケジュールを綿密に調整した上での、わずかな動きなのです。
にもかかわらず、「動けるように見える」ことで無理を求められることがあります。
親族からは、「家の中では歩きなさい」と助言されます。
横になって過ごす私を見て、「動かないと寝たきりになる」と心配したのかもしれません。
ですが、私の身体は頭を起こすだけで頭痛・めまい・耳鳴りなどの症状が出ます。
無理をすれば、「意識のシャットダウン」とも言える昏睡状態に似た状態に陥ります。
回復まで数時間で済むのか、もう戻れないのかは誰にもわかりません。
私にとって「無理をしないこと」は、命を守るための自己管理です。
「筋肉を保つため」という善意が、私の命を削る結果になることもあるのです。
未来のための行動が現在の生活や命を犠牲にするものであるなら、それは本当に「正解」なのでしょうか?
両親や親族が私の将来を思い、できることを探してくれていることは、私も十分に理解しています。
だからこそ否定しづらく、拒絶もできないのです。
けれど、その「善意」が私の生活や命を脅かしている現実も見逃さないでほしいのです。
障害者本人の希望を、周囲の方々はどれくらい受け入れてくれるでしょうか?
どれだけ声を上げても、それを「特別扱い」や「甘え」と受け取られてしまえば、届くはずの言葉も届きません。
こうした「善意」の言葉は、悪意がないからこそ厄介です。
だからこそ、家族の皆様にお願いしたいのです。
本人の思いに寄り添い、代弁者になってください。
なんとなく流したりごまかしたりせず、何度でも伝えて、訂正してください。
本人の言葉では伝わらなくても、家族の言葉が受け入れられることもあるからです。
そしてなにより、本人を信じ、本人の言葉に耳を傾けてください。
体調の変化や限界を一番理解しているのは、本人自身なのですから。
◆家族とのすれ違い――見える世界に縛られた家族という名の壁
たとえ家族仲が良くても、障害に対する認識の違いから少しずつ溝が生まれることがあります。
私もかつて、実家を出て同棲していた時期がありました。
挨拶に来た彼に、父は「大変だよ」と言い、別れた後、祖母は母に「それがいい。(私は彼に)迷惑をかけるから」と言っているのを聞きました。
私は、本当に彼に「負担」や「迷惑」をかけていたのでしょうか?
家では介助を頼むこともなく、自分のことは自分で行い、生活費も家事も完全に折半していました。
彼が「大変だ」とこぼしたことは一度もなく、私が確認しても「なにもしていないから大丈夫だよ」と笑って答えてくれていました。
ときどき私が障害者であることを忘れられていたほどで、私たちが別れた理由も、障害とは無関係です。
そもそも、支え合う関係においてどちらかが負担になる瞬間は誰にでもあるものです。
それがたとえ障害に関係していたとしても、「迷惑」と決めつけてしまうのはあまりにも乱暴で悲しいことです。
大切な人のためになにかをすることは、「迷惑」なのでしょうか?
障害があるから負担になるのでしょうか?
障害がなければ許される“手間”なのでしょうか?
私たち障害者は、日々の生活に工夫を凝らしています。
できないことがあるからこそ、できることを大切にしています。
できることを活かして、人の役に立とうとしています。
「障害者だから」と色眼鏡で見て、私たちの行動や選択を決めつけないでください。
◆善意という名の暴力――支援とは、共に在ること
見た目に表れにくい障害。
医師ですら簡単に理解できないような症状。
そういうものを抱えて生きているかたは、思っている以上にたくさんいらっしゃいます。
そして、その方々は「甘え」「気のせい」「頑張っていない」と言われ、日々心をすり減らしています。
痛みや倦怠感は、ときに“感覚”でしか語れません。
それでも、一生懸命に伝えようとしています。
無関心のかたにも、思い込みで傷つけてしまうかたにも、私を通して「このような生き方をしている人もいる」と知ってほしいのです。
どれだけ普通に見えても、言葉にならない戦いがあることを。
無理をしたら壊れてしまうことを。
壊れないように生きることで、私が守っている“私自身”がいるということを。
どうか知っていてください。
あなたに問いかけます。
「できるように見える人」が、本当に大丈夫かどうか、想像したことがありますか?
あなたの「がんばって」は、その人にとって「壊れる覚悟がいる言葉」かもしれないと、考えたことはありますか?
私は、今日もギリギリの体で、ギリギリの心で、
それでも伝えたいことがあるから生きています。
家族の関わりは、当事者にとってときに大きな支えとなり、ときに大きな壁にもなり得ます。
「良かれと思って」の言動が、実は本人の負担になっていることもあるのです。
普段から支えてくれているからこそ、思ってくれていることが伝わるからこそ、強く言い返すことができなくなってしまいます。
だからこそ、今一度問い直してほしいのです。
その「善意」は、本人が本当に望んでいることですか?
それは、心からそのかたの人生を支える行動ですか?
支援の主体は本人です。支援者ではありません。
支援者の想いが先行してしまうと、本人の声がかき消されてしまうことがあるのです。
「支援」とは、障害があることで本人一人では乗り越えられない壁を、そばにいる誰かが一緒に乗り越えるための手助けです。
そこには、がんばっている本人が「壊れないための配慮」を一緒に考えることも含まれると思います。
障害者も一人の人間です。
生きかたも人生も、決定権は本人にあります。
どうか、本人の声を真正面から聞いてください。
誰よりも身近なあなたの理解と協力が、きっと本人の「できること」を増やし、本人とあなた自身の幸せにも繋がるはずです。
