◆はじめに
せっかくなので、大学生活・就職活動を終えた今、未来について考えていることを書き出してみようと思います。
いくつか体験記を書いていますが、私は高校生のころに鬱を発症し、大学に入ってから双極性障害と診断変更になりました。浪人、休学、留年を経て長い学生生活を終え、春から社会人になります。
ー「のこ」の当事者体験記はこちら
◆病気になる前に思い描いていた「未来」
高2で鬱を発症するまでの私は、理系にも文系にも勉強してみたい分野がたくさんあって、その先、実現させたい理想像もいくつもあり、進路に迷うほどでした。例えば、公立小中学校教育の地域差問題から、医薬品はどういう仕組みで人体に作用しているのかということや、宇宙についても興味をもっていました。
何か1つのテーマに大きな関心があるわけではありませんでしたが、興味のある事を大学で勉強し、それを活かして何らかの形で社会に還元したいと思っていました。中でも当時は生物系か心理系への関心が一番強かったと思います。
結局、文理選択の希望を提出する前週に鬱と診断され、卒業の難易度を低くするという観点から、当時成績の良くなかった数Ⅲと物理を避ける形で文系に進み、1年浪人を経て一番成績の良かった国語の成績を活かすことができる入試形態の大学に入学しました。
◆数年前まで思い描いていた「未来」
病気を発症してからはずっと自分の未来について考えることができず、大学に入ってからは卒業後のことは意識的に考えないようにしていました。理由はとても単純で、鬱の症状で「自分が生きていることへの罪悪感」が酷かったためです。
今生きていることすら罪悪感があるのに、将来を生きる自分なんて考えれば考えるほど自責感情が大きくなるので、考えることをやめていたし、医師等にもそう勧められていました。休学を経て、とりあえず卒業を目標にすることはできるようになりましたが、当時の私にとっては大学卒業が一番遠い「未来」でした。
そもそもそんな状態でなぜ大学を受験したか、という疑問が出るかもしれません。いくつか理由はありますが、その中のひとつは「精神疾患の最中で大きな決断を避けるため」です。私も家族も、もともと大学に行ってその後社会に出るという計画を立てていました。それが進学しないとなれば就職する生徒がほぼいない母校からは何のアドバイスも期待できませんし、そもそも卒業直後に社会に出られる体調でもありません。私に関しては、大学に行くことよりも大学に行かないことの方が当時大きな決断だったのです。
あとは、病気の影響もあって記憶力が低下しているのを実感している中で、治るという概念が曖昧な以上、なるべく受験知識があるうちに試験を受けておかないと数年後に大学に行きたくても改めて勉強し直せる自信がなかったというのもあります。
◆今考えている「未来」
単位取得ペース的になんとなく大学卒業が具体的になってきて、そのあとの所属先がないと困るなと感じて始めた就活は、10年、20年後の遠い未来というよりは、半年後、数年後に自立しなくてはいけないというかなり近い未来を見据えたものとなりましたが、運よく大学での学びを活かせそうな職場から内定をいただくことができました。これは高校時代の私が求めていたものにかなり近い形です。
秋に大学を卒業して、数年前の私からみた「一番遠い未来」のその先に立った今でも、正直、遠い未来を見据えられるようになったわけではありません。現在、症状はある程度落ち着いていて以前のような自責感情を抱くことはほぼありません。ただ、自分の将来が具体的にみられるようになったというわけではなく、「今住んでる部屋の契約更新がきたら次はどのあたりに住みたいかな~」といった将来というには具体的で小さな近い未来から目を背けなくても済むようになったという感じがしています。
きっと仕事を始めれば、キャリアについての意識を持つことも求められると思いますが、大学の履修計画を立てていたのと同じように、「仕事の枠のみ」でこんな仕事ができるようになりたいな、みたいなことを考えることはあまり難しくないと思ってます。生活の中での小さな未来への感情と仕事の枠での未来への感情を積み重ねていつか「自分」という大きな枠での20年後の未来を見られたらいいなと思います。
◆最後に
発症した高校生活後半から今まで10年弱の記憶はどれも病気に振り回されたり、付き合い方を模索したりと、あまり楽しくはない思い出が強く残っている気がします。それが虚しくなることも正直ありました。
けれども、高校時代に思い描いていた進学先のなかに先に実際入学した学部はありませんでしたが、実際には自分の性格にも特性にもうまく合致してとても楽しく授業を受けることができました。さらにその知識を活かした職に就くこともでき、大学での学びを活かして就職するという高校当時の「理想の将来」に近い形に落ち着きました。
病気になって取りこぼしたことや諦めたこと、しんどかったことは山ほどありますし、高校当時やりたかった勉強はひとつもできませんでした。それでも、自分自身に「大学での学びを職に繋げるという点はやりたかった未来に近いじゃない、上出来です」と言えるようになったのが、自分の理想像に合致しない現実を受け入れられなかった10年前からの成長かと思います。そうやって自分の小さな成長を見つけ続ければこの先うまく病気と共存できるのではないかなという個人的な希望にもなっています。
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