<この記事は、こちらから音声とスライドでもお読みいただけます>
始めまして!新しく学生スタッフをやらせていただくことになりました。流架(Ruka)です。
初めての記事なのでまず自己紹介をさせていただきたいと思います。
◆Rukaの自己紹介
都内の大学に通っている大学生。専攻は文系。
障害者雇用で内定を頂き、2025年4月から入社予定。
障害は2つ持っていて、「てんかん(欠神発作)」と「ADHD(診断済み・投薬治療中)」を持っています。
好きな名言は、アメリカの薬物中毒患者救済機関シナノンの創設者であるチャールズ・ディードリッヒ氏の名言「Today is the first day of the rest of your life (今日という日はあなたの残りの人生の最初の日)」です!なんだか、前向きな気持ちにしてくれる言葉で好きです。
今日は、私が障害者手帳(精神障害者保健福祉手帳)を取得するまでに至ったきっかけやプロセスを紹介します。この記事が私と同じ障害を持っている方や、障害者手帳取得を迷っている方に少しでも後押しとなれば良いなと思い、書かせて頂きました。
◆障害に気づいた年齢
てんかんは小学校時代に、ADHDは高校生の頃に診断を受けました。てんかん、と聞くとバタっと倒れて口から泡を吹く病気なのでは?とイメージする人が多いかと思いますが実際 には、倒れるタイプの発作が起こる人、全身あるいは手足など筋肉が収縮する発作が起こる 人、倒れないが数十秒に渡り意識が無くなる発作が起こる人(私はこのタイプ)など発作の 種類は多岐に渡ります。
私は、上記のタイプ...欠神発作というものが起こり、今でも薬がなかなか効かず発作が毎日起こっています。小学校高学年の時に発症したのですが、発作が起こっている最中は目が虚ろになり、人の話が聞けなくなるので、ぼうっとした変な子だと思われることが多かったです。そのため、小学生時代は普通に友達が少なかったです!
ADHDは、高2の時に自らメンタルクリニックに出向き、検査を受けADHDだという診断を貰いました。その頃から、発達障害に関する認知が世間に広まりつつあったと記憶しています。ネット広告で「もしかしたら、その生きづらさ発達障害かも...?」というようなものを発見し、ADHD☑リストを試しにやってみたところ、見事すべてに当てはまっていました。そのことをメンタルクリニックに相談したところ、問診と検査が行われ、最終的に「軽度の ADHD」という診断を下され投薬治療が開始されました。
正直なところ、私はADHDと診断が下された時、ホッとしました。今まで感じた、他人に比べ自分がズレている感覚、短期記憶の忘れっぽさ、遅刻その他諸々などは自分が出来損ないだから生じているのかな? と思っていましたが診断を貰い、(病気のせいだったんだ、自分の努力不足のせいじゃないんだ)と気づけたことが良かったです。ADHDは投薬で症状がかなり抑えられているので、こちらはクローズドで就活をしました。
◆障害者手帳取得に対する考え
障害があると分かった後も、障害者というのは車椅子の人、体が不自由な人、耳が聞こえ ない人のことであるという偏ったイメージを持っていました。今考えるとやはり、身体的な障害の方が内部障害より周りから見て気づきやすく、イメージがしやすかったのでこのように考えていたと思います。なので、私は障害者手帳を取得しなくてもよいのでは、と考えていました。
ですが、自分の心の根底にあるのは手帳を取得し、‟障害者” と社会的に認められることで、スティグマを受けたくないという変なプライドでした。「スティグマ(社会的烙印)」は心理学用語で、社会的に作られた否定的な意味を他者から付与されることを指します。スティグマを受けやすいカテゴリは、障害者、人種、職業、低学歴、社会的階層、性趣向などです。私はスティグマを受けることで、「障害を持っているかわいそうな人」という目で社会から見られるかもしれないと、抵抗感を持っていました。なので、ADHDと診断が下された後、約3年間は手帳取得を渋っていました。
◆障害者手帳取得を決めたきっかけ―バイト先で出会った衝撃的な人物―
そんなわけで手帳取得を渋っていた私ですが、あるアルバイト先で出会った人物をきっかけに手帳取得に踏み切ることができました。私は学費を稼ぐために高2~大2までバイトをし、2つのアルバイト先を経験しました。1つは小売り(食品)、そこを辞めて2つ目は外資 の大型会員制スーパーで働いていました。そのスーパーのバイトでは、多様な人種、国籍の方が働いていて、にぎやかな雰囲気の職場でした。癖強め...ではなく個性豊かな従業員がたくさんいて、初対面の方でもにこやかに挨拶してくれることが印象的でした。
私自身、純日本人ではなくミックスルーツの人物なので、話す相手のバックグラウンドや価値観などが相違していることは当たり前だと考えていて、そのバイト先の国際的な雰囲気が合っているかもと思いました。また、そこの外資系企業は、障害者雇用にも積極的で障害者だからといって特別扱いするのではなく、フランクに接しているという印象を持ちました。
ー障害者手帳で”めんこ”
そんなこんなで働き始めたある日、印象的な人物と出会いました。休憩中、オープンスペースで昼食を取っていたのですが、隣に座っていた中肉中背な男性が、ダンっ!と大きな音を立て、四角いカードのようなものを机に勢いよく置いていました。そしてそれを、ひっくり返したり、時にはめくったり、無邪気な子どものように遊んでいました。私はそれを見て初対面にもかかわらず、「え!?なにしてるんですか、それ」と真冬に半袖短パンで働いている彼に話しかけてみました。するとその男性は、「いや?なにって、障害者手帳で”めんこ”」 とあっけらかんと返事をしました。その言葉を聞いて、「いや、めんこは1人3枚持って遊ぶものですよ。1枚ではできないですよ」と咄嗟に返事できるはずもなく、私はぽかんとしてしまいました。
私は長年、障害者手帳取得をすることを他人に隠したいことだと思い躊躇っていましたが、 その男性の臆せず、あっけらかんとした態度にいい意味で面食らってしまいました。(こんな人もいるんだ...1月なのにずっと半袖1枚だし...世界は広いなあ)と感じ、なんだか、自分の手帳取得を恥ずかしがっている、自分は障害者だと思いたくない、という態度なんてちっぽけなくだらないものだったのだなと気づけました。その男性はかなり優しい方で、気さくに色々な方に話しかけており、私とも仲良くしてくれました。
ー自分の中で何かが吹っ切れました
その方と話していくうちに、そもそも障害者であることは隠さなくちゃいけないこと?障害者であることって恥ずかしいこと?と疑問に思いはじめ、最後には、もうなんでもいいや! 答えなんかないし自分は自分だしね、と自分の中で何かが吹っ切れました。そしてその後、診断書などを揃え、障害者手帳の申請をしに区役所に行きました。対応してくれた職員さんは優しく、スムーズに手続きは終わりました。
そして約2か月後に交付された時、なんでもっと早く取得しなかったのだろう?と後悔しました。障害者手帳を取得することで、公共交通機関の割引や医療費負担の減額...さらには私の好きな映画や美術館などのチケット割引など様々なメリットがあることに気づきました。取得して良かったと思いました。
スーパーのバイトを辞めた後、そこへ友人と買い物をする機会がありました。障害者手帳を取得するきっかけとなった彼を見つけ話しかけた際、普通に私のことを忘れていたみたいなので直接的な感謝は伝えられなかったのですが、今でも心の中で感謝をしています。
以上が、私が障害者手帳を取得するきっかけとなったエピソードです。拙い文章にも拘わらず、最後まで読んで下さりありがとうございました。
(注:障害者手帳は汚れたり、折れたりすると印字部分が見えにくくなり再交付手続きが必要になるので、本来丁寧に扱うべきものです。私は彼のようにめんこはしません。
【PR】以下の記事にはプロモーションが含まれます。
