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こんにちは、ぽんです。
10月1日は一般的に多くの企業が内定式を行う日ですね。

私は、6月に内々定を頂き、これから内定式を控えています。
そんな私が今思うことを書こうと思います。

なんで書こうと思ったか、というと、就職先が決まってしばらくの時間が経ち、落ち着いた日々を過ごす中で、ASDの私が、今までの就活を通して見つけた気づき、考えたこと、思ったことを書きたいと思ったからです。



■気づいたことその1、自分を大切にする

自分を大切にする、というのは、自分の思いは自分だけのものとして尊重することだと思います。

私は他者と自分との境界線が曖昧になりがちです。相手の考えや思いに影響されやすく、気づいたら人の言いなりになっていたり、逆に自分の気持ちを他人に押し付けすぎたりすることが今まで沢山ありました。

しかし、他人は自分の代わりにはなってくれません。
自分が他人の代わりになることもできません。
他人の人生は他人しか責任を取れないのと同じように、自分の人生は自分でしか責任を取れないのだと思います。

就職で上京して一人暮らしをするに際して、色々な人から心配の声をいただくことが多かったです。
その時、私は、自分の思いを否定されたような気持ちになって悲しくなりました。

しかし、他人の話はあくまで「他人」の話です。
私とは今まで生きてきた世界も、考え方も、見えている景色も、持っている選択肢も、何もかもが違います。
だから、その心配の言葉を「ありがとう」と感謝を持って受け止め、それと同じくらい自分の「上京したい」を尊重することにしました。

自分の思いを受け止められれば、それと同じくらい、相手の思いも尊重できる気がします。


■気づいたことその2、他人は変えられないが、自分は変えられる

今まで、自分の課題と他人の課題の区別がつかず、気づいたら他人を自分の思い通りにしようとしたり、自分が期待した答えが相手から返ってこないことにひどく落ち込むことが多かったです。

でも、他人は他人の人生を生きています。
それぞれがそれぞれの好きなもの、嫌いなもの、見てきた景色、育んできた価値観があります。
自分とは見えているものが違うのです。
そんな他人が、自分の期待通りになるなんて無理です。
だから、他人は自分がこねくり回すことはできません。
でも、自分は今までどんな景色を見て生きてきて、そこで何を感じて、どんな価値観を育んできて、何が好きで、何が嫌いかは知ることができます。

私の母は心配性で、私の東京での就職について詳細に根掘り葉掘り、同じことを何度も聞いてきました。
私は過剰に干渉された気持ちになって苛立ちを覚えました。

しかし、母は私とは見えているもの、考えていることが違います。
親子とはいえ、生まれてから今まで経験してきたことや持っている気質、今までの人生の中で育んできた価値観は違って当然です。
母は母なりの心配があるのです。
その心配を無くならせようとしたって、母自身の思いを否定することになります。

同じように私には私のやりたいこと、思いは、私だけのものです。
だから、母の心配してくれる気持ちを「ありがとう」と感謝で受け止め、深く気にしすぎず、自分のやりたいことに集中するようにしました。

自分に集中することではじめて、他人の思いにも耳を傾ける器ができてくると感じます。


■気づいたことその3、人生に正解はないし、誰も答えを持っていない。

私は就活のとき、大学のカウンセラーや、障害者の就労や生活をサポートする機関に問い合わせしたことがあります。
そこでは、

「新卒で障害者雇用なんて聞いたことがない」
「働いたことがないならまずは一般枠でやってみては」
「障害者雇用は非正規が当たり前」

など、私の思い、願いとは真逆の答えが返ってくることが多かったです。
大袈裟ではなく人生に絶望を感じ、ひどく落ち込みました。

しかし現在、新卒採用で障害者枠で内々定いただきましたし、最初から障害者枠ですし、正規雇用です。
貰ったアドバイスとは真逆の現実を実現することができています。

この経験を通して、必ずしも他人のアドバイスが自分にとっての正解とは限らないのだと感じました。
諦めずに「自分は何をしたいか」を見つめ、最適解を見つけることも、時には必要だと思いました。



ここに記した気づきは、あくまで私が感じたことです。
私の気づきが全ての人に当てはまるわけではありませんし、全く違っても良いと思います。
よく「他人を思いやる」ことがよしとされますが、それは、まず「自分を思いやる」ことから始まるのだと、私は感じています。



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